WTS 1987 | History of Sneaker Archive (WTS Magazine Vol.3) - wts
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History of Sneaker Archive (WTS Magazine Vol.3)

誕生以来、世界中で愛され今年で40周年を迎えるAir Force 1。

サンプル、関係者限定モデルのコレクターShinken氏が語るAF1の歴史

Shinken氏 Instagram

AF1 “それは史上最も売れたスニーカーで今現在も尚、トップに君臨するモデル。

40年以上前に開発されたにもかかわらず、ほとんど形状が変わらず、今もなお、世界中で愛されている。

80年代にはエアを初搭載したバスケットボールシューズとして技術革命を起こし、90年代から2000年代にかけて音楽やファッションカルチャーで文化革命を起こし、そして歴史に刻む”レトロシューズ”の概念を生み出した。

今回は、そんな歴史的1足の誕生から現在に至るまで、歴史的アーカイブを添えて振り返っていきたい。

AF1誕生 1979年~1982年

AF1 その伝説的シューズを生み出したのが、プロダクト デザイナーであるブルース・キルゴア。

当時バスケットボールシューズは、adidasやconverseが市場を独占。予算を多くとる事もできず、エアユニットをバスケットボールシューズに組み込むという前代未聞の挑戦は停滞していた。

難航を極めたNIKEは、当初の担当デザイナーからプロジェクトをキルゴアに託した。

最初のプロトタイプは、UNITYとして復刻したモデルだ。

それを目にしたキルゴアは、”ミシュランマンに似ている”と酷評、そのサイドウォールは、バスケットボールをプレイできるものではなかった。

初期の製造上の失敗の後、キルゴアは見事プロトタイプの図面を完成。スペインの金型メーカーを通じて、色とりどりのミッドソールとカップソールの作り方を習い、バスケットボールを念頭に置いて設計された円形のアウトソールトレッドも開発。

その後、NIKE DCEC 委員会からの助言もあり1981年に見事シューズを完成、誕生したプロトタイプにAir Force 1 と命名した。

それは、80年代のバスケットボールスニーカーに関しては、ある種の技術的驚異であった。

キルゴアは、バスケットボールを念頭に置いて設計された円形のアウトソールトレッドも開発。

そして、製造された約12足のウェアテストサンプルは、キルゴア自身によって、本社にいたテスターと数名の大学選手たちに届けられた。

その幸運な着用テスターの中の1 人が後にエアマックスをデザインしたティンカー ハットフィールドだ。

多くのフィードバックを得る事に成功したキルゴアのシューズは、複数回に渡る仕様変更の後、メッシュのトウボックスから一枚皮へと生まれ変わった。

そして初の市場投入バージョン(AF1 ZERO)は1982年に導入され、取り外し可能なアンクルストラップとメッシュのサイドパネルを備え、白とニュートラルグレーの配色でアメリカ中の人々を魅了、その数ヶ月後にマイナーチェンジされ今現在により近いAF1が誕生。

様々な分野で歴史的快挙を得たAF1はユーザーの心を掴み大ヒット商品となった。

続きは、WTS Vol.3にて

AF1 Zero prototype 1981

ブルースキルゴアがデザインを手がけ、AF1と命名した最初期のプロトタイプデザイン

生産足数:12足前後

Editor:SHINKEN、SHUHEI HASEGAWA

Photo:​​MASATOSHI ISHIKAWA ​​

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